谷桃子バレエ団「貴女の人生に、“Bravo”」谷桃子追悼公演 2016

標記公演を見た(9月23日 めぐろパーシモン大ホール)。バレエ団創立者でプリマ・バレリーナだった谷桃子は、昨年4月26日に94歳の生涯を閉じた。前年の8月26日には、厚い信頼で結ばれた舞台パートナー、小林恭を失っている(享年83歳)。葬儀で、声を振り絞るようにして弔辞を述べた谷の姿が、今でも思い出される(葬儀場には、谷と同じ年の10月3日に逝去された藤井修治氏の姿もあった)。
プログラムは、谷振付の『ラプソディ』、『瀕死の白鳥』、『リゼット』、伊藤範子振付の『追憶』、『ジゼル』第2幕(谷桃子版)の5作。創作が2本入った点に、古典と創作を両輪に活動してきたバレエ団の特徴が表れている。伊地知優子氏の言葉、「谷桃子の豊かな表現力は、天性の素質に加え、現代舞踊から入った舞踊歴にも起因するように思います。」(プログラム掲載文)は示唆的だった。谷の出自と、バレエ団から多くの振付家が輩出されたことは、無関係ではないと思う。
公演に先立ち、ロビーで関係者(山野博大、福田一雄、齊藤彰、八代清子、天野陽子、石井清子、鈴木和子)によるトークショーが、映像を交えながら行われた。印象的だったのは、谷の最初の生徒で、後に独立分裂し、東京シティバレエ団の創立に加わった石井清子の話。「地方巡業の時、谷先生が、公演が終わったら温泉に行こうかとおっしゃって、二人で行ったことがよい思い出。『ジゼル』のパ・ド・シスを踊っていた時、谷先生のジゼルを抱きかかえるパヴロワ先生が、私の膝に乗っかっていて重い、という思いを覚えている」。また山野博大氏は、「谷さんの引退公演『ジゼル』の相手役を、バレエ団最若手の三谷恭三に指名したのは、谷さん自身と聞いている。三島由紀夫台本の『ミランダ』(明治百年記念)は、谷さんの曲馬団スターを、魚河岸のあんちゃんたちが取り囲む作品。橘秋子と石田種生の振付。再演してほしい」。福田一雄氏「作曲は戸田邦雄です」等。
公演では、最初に谷の舞台写真を映像で流し、最後は、舞台後方に掲げられた谷の写真に向かって、出演者全員が一礼し、拍手(Bravo)を送る演出で締めくくられた。

創作2本は師弟コンビによる。谷作品『ラプソディ』(1977年、ラフマニノフ曲)は、白いショート・スカートの女性15人が踊るシンフォニック・バレエ。月明かりを思わせる青白い照明(足立恒)の下、トップの雨宮準を中心としたシンメトリー・フォーメイションが、厳粛で慎ましい儀式を思わせる。『ジゼル』、『白鳥の湖』、『ラ・バヤデール』のバレエ・ブランを援用し、プティパへのオマージュを捧げる一方、スタイルはモダンなバランシン風。音楽性よりも、構成やフォーメイションへの意志が前面に出た作品だった。『ロマンティック組曲』と共に、レパートリー保存を期待したい。
谷桃子の激情は、弟子の演出・振付法に引き継がれたのかもしれない。伊藤作品『追憶』(2015年、ドビュッシーショパン曲)は、師を月になぞらえ、その光に包まれて、22人の黒衣の男女(女性は後に白ドレス)が踊るドラマティックな作品。竹内菜那子と檜山和久をトップに、男女の愛、男性の孤独など、様々な感情が舞台を席捲する。振付家・伊藤の特徴は、振付の個別性よりも、動きから激情へと持っていく力、さらにそれを畳み掛ける強度にある。音楽理解(音楽「解釈」よりももっと音楽に接近している)とドラマを結び付け、感情の渦を次から次へと生み出していく。最後は、師に花を捧げて、逆立つ波のようなフォーメイションで劇的に終わった。演出家としての伊藤の美点は、クラシック&モダンのスタイルを熟知し、それに沿って、ダンサーから、自分を超える演技、普遍的な感情を引き出す点にある。伊藤作品に出演するダンサーたちは、自らの全てを舞台に投入し、役に奉仕することになる。ドラマを知るスタイル主義者として、今後、古典改訂に力を発揮すると思われる。
古典3作は、谷の好んだ作品。佐々木和葉による『瀕死の白鳥』、齊藤耀、三木雄馬、アンサンブルによる『リゼット』抜粋、佐藤麻利香、今井智也、齊藤拓、赤城圭、林麻衣子、アンサンブルによる『ジゼル』第2幕が、谷に捧げられた。『ジゼル』は故高田信一氏の編曲を、指揮の福田一雄氏が復活させた。最後のドラマティックな幕切れに加え、アルブレヒト登場、ウィルフリードとのやりとりも再現したとのこと。振付は谷桃子版。ドラマトゥルギーに基づく考え抜かれた演出・振付を、現役世代が説得力をもって実現した。特に齊藤が演じたヒラリオンの造形は魅力的。振付も随所で異なるが、現行版よりも演出家の手を感じさせる。高田氏編曲の谷版全幕復元を期待したい。