「NHK バレエの饗宴 2021 in 横浜」

標記公演を見た(10月3日 神奈川県民ホール)。海外で活躍する邦人ダンサーをゲストに、国内のバレエ団、ダンスカンパニー、ダンスユニットが一堂に会する、祝祭的なバレエ公演である。後日 NHK 地上波で放送されるため、その年のバレエシーンを記録する貴重なアーカイヴともなっている。昨年はコロナ禍で海外出演者・関係者の来日が困難となり、中止を余儀なくされた。2年ぶりの今年は国内4団体(新国立劇場バレエ団、牧阿佐美バレヱ団、東京シティ・バレエ団、谷桃子バレエ団)が手の内に入ったレパートリーを携えて登場。本拠の NHK ホールが改修工事のため、横浜に会場を移しての開催である。

幕開けは新国立劇場バレエ団の『パキータ』(振付:マリウス・プティパ、音楽:ミンクス)。今年1月の「ニューイヤー・バレエ」(配信)でも上演された人気の古典1幕物である。マリインスキー・バレエから移植されたが、吉田都現芸術監督の英国系指導が加わり、ダンサーの個性を生かすパフォーマンスとなっている。主役のパキータには木村優里、リュシアンには井澤駿、パ・ド・トロワには池田理沙子、奥田花純、中島瑞生が配された。

木村の安定した技術、落ち着きある佇まいが舞台の要となる。大きさ、華やかさ、動きの爆発力が持ち味の、次代を担うプリマである。パートナーの井澤はダイナミックな踊りで舞台に勢いをもたらした。エネルギーが拮抗する大型カップルである。トロワ 池田、奥田の丁寧で行き届いた踊り、中島の華のあるノーブルスタイルに加え、ヴァリエーションを踊った原田舞子のすっきりとしたライン、中島春菜のふくよかな踊り、飯野萌子のニュアンスのある腕遣い、五月女遥の高い技術と音楽性が、舞台を晴れやかに彩った。12人の女性アンサンブルは、肉体の多様性を誇る。それぞれの体が促す内発的踊りにより、生き生きとしたスペイン・アンサンブルを形成した。格調の高さよりも、個々人が主体的に踊ることの楽しさが優るステージだった。

休憩を挟んで2つのモダンバレエが上演された。牧阿佐美バレヱ団の『アルルの女』(振付:ローラン・プティ、音楽:ビゼー)と、東京シティ・バレエ団の『Air!』(振付:ウヴェ・ショルツ、音楽:バッハ)である。牧阿佐美バレヱ団はプティとの関係が深く、オリジナル作品を所有する。プティによって見出されたダンサーも過去に少なくない。『アルルの女』は同団が初めて導入したプティ作品。目には見えないアルルの女を求めて狂気に至るフレデリには、水井駿介、幼馴染の許嫁ヴィヴェットには青山季可が配された。

水井は鋭い音楽性と、それを表現しうる高度な技術の持ち主。コーディネーションが素晴らしく、全てが踊りになっている。終幕のエネルギッシュなソロでは、その正確なパの一つ一つが音楽そのものと化した。一方、青山は繊細で妖精のような透明感を持ち味とする。プリマとしての成熟も加わり、フレデリに追いすがるヴィヴェットの哀しみ・絶望に、きらめく美が伴走する。物語の流れとは言え、フレデリが翻心しないのも不思議なほどだった。共に細かい振付ニュアンスを理解し、作品の骨格を明らかにする知的なパフォーマンス。無意識のエネルギー、感情の迸りはあえて抑制したか。プティの並外れた才能がクローズアップされる舞台だった。音楽性に定評ある男女アンサンブルはよく揃い、主役二人と心を共にしている。

続く東京シティ・バレエ団はショルツの作品を積極的に導入し、その天才的な音楽性を広く知らしめてきた。『Air!』は今年1月の「ウヴェ・ショルツ・セレクションⅡ」で、団初演された作品。「G 線上のアリア」で有名な バッハの『管弦楽組曲第3番』に振り付けられている。ショルツの若い時の作品で、左右に移動する二次元美の追求、カノンの楽しさ、リフレインの喜びなど、ショルツ語彙に瑞々しさが宿る。

「G 線上のアリア」は第2曲。ショルツ・ダンサーの佐合萌香と土橋冬夢、中森理恵と濱本泰然が、動きを違えながらWアダージョを踊る。佐合のピンポイントの踊りが素晴らしい。振付の方向性や意図を細かく読み取り、体に反映させることができる。第4曲で、4方向への動きを含む高難度のソロを エネルギッシュに踊った土橋が、手厚いサポートで佐合を支えている。中森の華やかさと濱本のノーブルな大きさも好い組み合わせだった。アースカラーのオールタイツを身に着けたアンサンブルは、松本佳織、玉浦誠の音楽性と正確な技術により、ショルツ・ワールドへと導かれている。若手 福田建太の晴れやかな踊りも印象深い。

最後は谷桃子バレエ団によるロマンティック・バレエの傑作『ジゼル』第2幕(振付:ジャン・コラーリ、ジュール・ペロー、マリウス・プティパ、音楽:アダン)。福田一雄編曲を含むバレエ団伝統のヴァージョンである。谷の当たり役だったジゼルには馳麻弥、アルブレヒトには今井智也、ヒラリオンは三木雄馬、ミルタは山口緋奈子という配役。馳はダイナミックな踊りを持ち味とする。その片鱗を跳躍等に滲ませながらも、体を殺し、ウィリの佇まいを身につけている。アルブレヒトを愛する伏し目がちの初々しいジゼルだった。対する今井は、バレエ団伝統の細やかなノーブルスタイルを体現。谷桃子直伝の「心で踊る」を実践する。終幕、1輪の花を手にマントを携えて、カミテ奥の朝焼けに向かって歩く。その姿にはアルブレヒトを生きた真実味があった。

ヒラリオンの三木は、役が肚に入っている。正統派の踊りと相俟って、ドラマの輪郭をくっきりと描き出した。山口のミルタは凍るような怖ろしさよりも、人間味が優る。それもあってか、ドゥ・ウィリを始め、ウィリたちは素朴で娘らしいアンサンブルだった。照明の記載がなかったが、美術(橋本潔)とよく一致し、奥深い夜の森を現出させている。

指揮は冨田実里、管弦楽東京フィルハーモニー交響楽団。冨田はミンクスでは舞台を牽引、ビゼーでは踊りと完全に一致、アダンでは舞台を作り出している。ダンサーの動き・呼吸と密着した指揮だった。恒例のフィナーレは『眠れる森の美女』1幕ワルツ。今年は密を避けて、各団体のレヴェランスとリハーサル風景が映像で映し出された。最後にオケピットの冨田とオーケストラの面々が挨拶をして、華やかな饗宴は幕となった。