ミラノ・スカラ座バレエ団『ドン・キホーテ』2016

標記公演を見た(9月24日 東京文化会館)。ミラノ・スカラ座は1980年にヌレエフ版を導入した。パリ・オペラ座は1981年に導入しているので、こちらの方1年早い。同じヌレエフ版でも、スカラ座の方は、演技が自然。演者の体の力が抜けている(以前スカラ座の『ジゼル』を見たとき、「自然食のようだな」と思ったことがある)。グァッテリーニによると、「(スカラ座は)ヌレエフの明確な承諾のもと、イタリアの伝統喜劇コンメディア・デッラルテの色彩に染めあげながら、このクラシック作品と取り組むことに情熱を燃やした。」(プログラム)。ソビエト・バレエでは添え物になってしまったマイムが、それ自体楽しめる「ご馳走」に戻っている(ヴィハレフ版もマイム重視だが、もっと音楽に即している)。ボードヴィル・バレエの趣があった。
踊りの統一感や技術の高さでは、オペラ座の方が優れている。ただし、ヌレエフの振付を完璧にこなすことに、オペラ座ダンサーは重責を感じているようで、ヌレエフ独特の過剰な装飾音符が、それこそ過剰に目に焼き付いてしまう。スカラ座ダンサーは、装飾それ自体を楽しんでいるように見えた。そのため、ヌレエフの意図、ブルノンヴィルの技巧的側面をクラシック・バレエに組み込むことが、自然に行われている。
昨年今年と、ラトマンスキーが『眠れる森の美女』と『白鳥の湖』を復元したが、現地レポートでは、スピード感と細かいフットワークについて触れている。ラトマンスキーはデンマーク・ロイヤル・バレエに一時所属し、ブルノンヴィル・スタイルを習得しているが、マイムを含め、そこからロマンティック期から古典期に至るバレエの復元に関して、インスピレーションを得ていることは想像に難くない。元々プティパとブルノンヴィルは、同じ流派である。
付け加えると、谷桃子バレエ団が導入したアリエフ版の『海賊』と『眠れる森の美女』は、主にラトマンスキーの復元作業に影響を受けていると思われる。『海賊』はラトマンスキーとブルラカのボリショイ版を引用し、『眠り』はロマンティック・スタイルを採用している(後者はマリインスキー・バレエで口伝されてきたはずだが、スタイルの変遷があった)。


キトリのニコレッタ・マンニは、大柄で技術も高い。スカラ座ダンサーと言うよりも、グローバルな規格に合ったダンサー。ミルタにも配役されているように、ややクールな持ち味である(今春、牧阿佐美バレヱ団の『ノートルダム・ド・パリ』にゲスト出演した際も、愛情を直接表現しないタイプに見えた)。英国ロイヤルバレエで活躍するような気がする。
バジルのクラウディ・コヴィエットは、初めて見たが、背中が柔らかく、脚が手のように雄弁。アン・ドゥダン回転の美しさには目を奪われた。ただ、左右両回転のトゥール・アン・レールは、さすがに準備がなく、本人も不本意だっただろう(左右両回転できるのは、現在オペラ座ダンサーのみ? 新国立劇場バレエ団ダンサーたちも、4人中3人のジェイムズが両回転したが)。
アントニーナ・チャプキーナの愛くるしいドリアードの女王(脚が雄弁)、ドン・キホーテからガマーシュまでのキャラクターダンサーは言うまでもなく、立ち役の人々の自然派演技、トレアドール達の無心など、どれもこれも楽しかった。