井上バレエ団 「ブルノンヴィルからプティパまで〜バレエの潮流」 2017 【追記】

標記公演を見た(7月16日 文京シビックホール)。長年ブルノンヴィル作品を上演し、ブルノンヴィル・セミナーを開催してきた井上バレエ団が、「ブルノンヴィルからプティパまで」と題した興味深い公演を行なった。振付・指導は、バレエ団と33年に及ぶ深い結びつきのフランク・アンダーソンエヴァ・クロヴォーグ。演目は、ブルノンヴィルの『ラ・シルフィード』第2幕より、『ジェンツァ−ノの花祭り』よりパ・ド・ドゥ、『ラ・ヴェンタナ』第2景(本邦初演)と、プティパの『眠りの森の美女』第3幕。両者は19世紀の二大振付家で、ヴェストリス門下という共通性がある。
ブルノンヴィルが君臨したデンマーク・ロイヤル・バレエは、ブルノンヴィル作品のレパートリーを、改変を伴いながらも継続させ、ブルノンヴィルのクラスを「曜日のクラス」に編纂して、現在も行なっている。このためブルノンヴィル作品は、19世紀フランス派を知る大きな手がかりと言える。プティパ作品の復元者 ヴィハレフとラトマンスキーが、ブルノンヴィル・スタイルの実践者・信奉者であることも偶然ではない。もちろん、ブルノンヴィル・スタイルの意義は考古学的な価値に留まらない。独特の音取り、切り詰められたアンシェヌマン、大胆で輝かしい男性舞踊は、バレエがもたらす快楽の一つである。
本邦初演の『ラ・ヴェンタナ』は、1854年ジュリエット&ソフィ・プライス姉妹のために作られた「鏡のダンス」が始まりだった。二人の女性が相対し、実像と鏡像を踊る(ロマンティック・バレエにおいて人気のあるモチーフで、クランコの『オネーギン』でも見ることができる)。2景のディヴェルティスマンになったのが1856年。今回上演された第2景は、セニョリータとセニョールの踊りに、パ・ド・トロワが加わる。最後はセギディリアで締めくくられるが、これは1855年ウィーンで上演されたマジリエ作『4人と悪魔』のフィナーレで踊られた、ポール・タリオーニの振付に一部基づいている(Knud Arne Jurugensen, The Bournonville Ballets―A Photographic Record 1844-1933, Dance Books, 1987)。
かつてタマラ・ロホがあるインタビューで、プティパの『ドン・キホーテ』はスペイン古典舞踊(エスクエラ・ボレラ)を引用していると語っていたが、本作も同様。ブルノンヴィルは1840年に見たスペイン舞踊団の公演に刺激を受け、4ヶ月後に『The Toreador』を振り付けている。この作品では、マドリードへ行く途中という設定のパリ・オペラ座女性ダンサー役を登場させ、当時のオペラ座のレパートリーを踊らせた。スペイン舞踊とフランス・アカデミックスタイルの並置が、すでにここで行なわれている。16年後の『ラ・ヴェンタナ』では、スペイン民族舞踊のセギディリアと、アカデミックなスペイン派テクニックのパ・ド・トロワを組み合わせた(Jurugensen)が、一見しただけでは、トロワもブルノンヴィル・スタイルに見える。セニョールもブルノンヴィル・スタイル、セニョリータはスペイン寄りに見える(足技から)。スペイン派とフランス派の違いについて、詳細を知りたいところだ。セギディリアは闊達なスペイン民族舞踊で、足をクッと止める振りが面白い。ディヴェルティスマンと銘打つように、踊り自体の喜び、快楽が横溢する作品だった。
幕開けの『ラ・シルフィード』第二幕は、アンサンブルに井上らしさが出た。半ば無意識の小動物のような白い生き物が、フワフワと集まってくる。ジェイムズはさぞ驚いたことだろう。シルフィードの田中りなは、軽やかなステップと柔らかい腕使いに、スタイル研鑽の跡を見せた。ジェイムズ役は RDB からヨン・アクセル・フランソン。14年の『ラ・シルフィード』ゲストで、鮮烈なグエン・ソロを踊った記憶がある。今回はジェイムズよりもセニョールの踊りに生彩があった。
続く『ジェンツァーノの踊り』は、越智ふじのと、橘宏輝(ポーランド・ウッチ大劇場所属)。越智は音楽性、演劇性に優れ、微妙な腕使いを実現している。長年ブルノンヴィル・クラスを受けてきた橘は、ゆったりとした佇まいに滑らかなステップで、越智と共に、対話のような牧歌的パ・ド・ドゥを作り上げた。
『ラ・ヴェンタナ』では、ゲストの富村京子が、プロらしい職人技を見せる。フランソンも躍動感あふれるソロを踊ったが、2005年「ブルノンヴィル・フェスティバル」で見たジャン・リュシアン・マソの洗練と色気には、まだ届いていないようだ。トロワの荒井成也が、やや先走りし過ぎたものの、切れのよい脚技に踊る喜びを発散させる。たおやかな速水樹里、鮮やかな秋吉秀美と共に、見応えのあるトリオを形成した。
最後は関直人版『眠りの森の美女』第三幕。オーロラ姫の宮嵜万央里は、慎ましく行儀のよいスタイルが好ましい。さらに自分らしさや周囲への視線が加われば、より生き生きとした造形になるだろう。ゲストの清水健太は、王子の王道を行く。磨き抜かれた踊り、騎士道精神に基づくサポートが素晴らしい。カーテンコールでは、ゲスト・バレエミストレスのペトルーシュカ・ブロホルムをエレガントにエスコートする関と二人、新旧のダンスール・ノーブルが相まみえた。阿部真央のリラの精、源小織のフロリナ王女、中尾充宏の狼など中堅・ベテラン勢から、近藤沙也子、安部碧(パ・ド・カトル)の若手まで、バレエ団の全容を明らかにする『眠り』だった。指揮は江原功、演奏はロイヤルチェンバーオーケストラ。


【追記】
記憶違いでなければ、清水健太は、ローザンヌで目覚ましいジェイムズ・ソロを踊っている。プリエの深さ、颯爽たる移動、バットリーの力強さが素晴らしかった。次回はブルノンヴィルを踊ってほしい。