日本バレエ協会「バレエクレアシオン」2016【改訂】

標記公演を見た(11月5日 メルパルクホール)。文化庁平成28年度次代の文化を創造する新進芸術家育成事業の一環で、主催は文化庁公益社団法人日本バレエ協会。バレエを基盤とした振付家を育成する、貴重な場となっている。
今年度は3人の振付家による作品が上演された。幕開きは、東京シティバレエ団所属の中弥智博による『Synapse』。ワーグナーから始まり、ケルト系音楽、ハイドン弦楽四重奏という音楽構成(だったと思う、プログラムに作曲家と作品名を記載してほしい)。ソリスト男女3組に女性16人のアンサンブルが踊る。前半はマッツ・エック風のややグロテスクなコンテンポラリー語彙を多用し、後半のハイドンでは、キリアン風のネオクラシカルな振付に変わる。男女とも群青色のロングスカート(男性は上半身裸)を穿いていたが、前半よりも後半部の振付に合っていた。中弥の個性が生かされたのも、やはり後半部。音楽と振りの関係が密接になり、音楽から動きが導き出されているのがよく分かる。アラベスク、プリエの美しさ、ユニゾンの儀式性。橋本直樹の成熟した肉体が中心となり、音楽で統一されたクラシカルなコミュニティが出現した。
二作目は下村由理恵振付『氷の精霊』。トゥオマス・カンテリネン、エンヤ、カール・ジェンキンスを巧みに楽曲構成し、透明な氷の柱を背景に、26人の女性ダンサーが氷の精たちの激しさ、厳しさ、怖しさを踊る。最後は「レクエイム」が流れるなか、実際に幼子が登場。精霊たちの氷のような感情が溶けて、慈しみ深い愛や優しさに到達し、天国へと至る姿で終わる。途中垣間見られた金子優をいじめる物語が、いつの間にか立ち消えたが、どういう意図だったのだろうか。女性の持つ様々な感情が、下村自身の体から生み出された情熱的な動きにより、ダイナミックに視覚化された。
最後は、谷桃子バレエ団所属の伊藤範子による『ホフマンの恋』。オッフェンバックのオペラ『ホフマン物語』の精髄を抜き出し、1時間の枠に収めた物語バレエである(14年、世田谷クラシックバレエ連盟初演)。伊藤版の優れた点は、ホフマンのミューズを天使に置き換え、自らの羽をホフマンに与えて詩を書かせる、というエピソードを加えたこと。地上では友人ニクラウスとなり、ホフマンを愛情深く見守る。天使時のバットリー多用や、ニクラウス時のグラン・ジュテ・アン・トゥールナンなど、女性のズボン役の魅力を存分に発揮させる(伊藤なら、プティパを含む19世紀バレエのトラヴェスティを再現できると思う)。またアリアを楽器に置き換える編曲選択も魅力があり、オッフェンバックの音楽を堪能することができた。何よりも優れているのは、キャラクターに沿った振付と演技指導。深い音楽理解に基づくドラマティックな振付、物語を熟知した的確なマイムは、伊藤が物語バレエの非凡な作者であることを示している。
ホフマンには初演時と同じ、浅田良和。この作品が浅田へのオマージュと取れるほど、魅力にあふれる。ロマンティックな詩人、情熱的な(時に滑稽なまでの)青年、愛情深い誠実な恋人、美女に翻弄される破滅的な男を、フランス風エレガンスと、力強く技量の高い踊りで演じ分ける。機敏なバットリー、正確でエネルギッシュなマネージュ、大胆な大技、そして情熱的なパートナーでもあった。
対するオランピアには宮嵜万央里、アントニアには佐藤麻利香、ジュリエッタには酒井はなという布陣。それぞれが適役だが、その中で、ベテランの酒井がゴージャスな肢体を惜しげもなく披露して、バレエの醍醐味を現前させた。ジュリエッタとしての演技もさることながら、その場に立つ肉体の凄み。ラインは絶対的フォルムと化し、ア・ラ・スゴンドのデヴロッペでは、あまりに濃密で粘度の高い動きに、時が止まったかと思われた。クラシック・ダンサー本来の体を、久々に見た気がする。同時に、酒井のあるべき姿を引き出した振付家の手腕にも、思いが至った。
浅田同様、初演キャストの堀登は、何もかも心得た的確な演技とクリティカルな動きで舞台を引き締め、ニクラウス(天使)・堀沢悠子は、清潔な演技と高い技術で、舞台に救いの光を与え続けた。アンサンブルの踊りも容赦なく仕込まれて、伊藤の一晩物への期待を大きく高めている。