後藤早知子60th Anniversary Performance『スライス・オブ・ライフ』2016

標記公演を見た(10月31日 渋谷文化総合センター大和田さくらホール)。後藤早知子の記念公演だが、酒井はなのリサイタルでもある。後藤の酒井へのオマージュと、酒井の後藤への敬意が形になった公演。
作品は、ロマンティックな映像を交え、ジャズダンスや軽妙なコンテのコントも挟みつつ、ある女性ダンサーの一生を描いていく。R・シュトラウス『4つの最後の歌』に沿って、20代(春)を高比良洋、30代(夏)を宮河愛一郎、40代(秋)を山本隆之、50代(夕映え)を森田健太郎と、4人のパートナーと踊り継ぐ。いずれもサポート巧者だが、山本と森田は、酒井のバレエ人生に深く関わったパートナーとして、別格だった。山本のサポートはそれ自体美しく、森田のサポートは姫を全力で護る騎士のごとく。
山本とのパ・ド・ドゥは、二人の新国立での歴史の結実だった。相手を知り尽くしたサポート、シンメトリーや兄妹を思わせる同質の愛、さらに、経験を経た今の二人にしか出せない成熟した味わい。見る者の感情をかき立てるエロティックな高揚は、二人のデュエットの表徴である。一方、森田とのパ・ド・ドゥでは、森田の暖かいオーラが酒井をスッポリと包んで、子供に戻ったような安らかな愛が育まれる。互いに水をすくい合う場面、森田の分厚い胸にそっと手を置く酒井の満ち足りた顔。死に向かう前の束の間の安らぎが、二人を包み、舞台は終わる。
酒井の艶のある薫り高い体は、R・シュトラウスによく合っていた。永遠を感じさせる肌理細やかなパの遂行、細胞の一つ一つが生きている、危険で異質な体。美と実存を一致させることを、酒井は常に目指してきたのだろう。森田と踊った熱帯のように熱い『R&J』、山本と踊った双子のように親密な『R&J』を思い出す。舞台を見た当時は、その価値が分かっていなかった。