12月のバレエ公演2016

12月のバレエ公演について、短くメモをする。


松山バレエ団くるみ割り人形』(12月2日 東京文化会館
清水哲太郎版。東京文化会館に移って、美術(川口直次)の豪華さが生きるようになった。舞台上の人数の多さも気にならなくなり、振付自体の創意工夫、面白さが目に見えるようになった。清水のエネルギーが文化会館の広い空間に見合っているのだろう。クララは森下洋子、王子は刑部星矢。国宝のような森下を、若く長身の刑部が丁寧にサポートする。堂々たる王子ぶりで、華やかな存在感もあるが、サポートに全神経を使うためか、ヴァリエーションが流れがちに。自分の才能を大切にして欲しい。森下はかつてのような異空間を作り出す局面はなかったが、精妙な腕使いは相変わらず。個性を超えた絶対的なラインは、現在でも森下にしか見ることができない。バレエ団は若手も育ち、明るい雰囲気。刑部の功績は大きい。


NBAバレエ団「Stars and Stripes」(12月3日 彩の国さいたま芸術劇場大ホール)
ダレル・グランド・ムールトリー振付『Essence of the Enlightened』(30分)、平山素子振付『あやかしと縦糸』(40分)、バランシン振付『Stars and Stripes』(30分)によるトリプル・ビル。ムールトリー作品はクラシック・ベース。両袖から走る、跳ぶ、ポーズして崩れるなど、アスレティックな魅力にあふれる。女性はポアント。竹田仁美の身体能力、大森康正の研ぎ澄まされた技、関口祐美の華やかさが印象的。ぎりぎりまで身体を使う点が、バランシンを思わせる。バレエ団に合った作品。対する平山作品は、モダン・コンテンポラリーの色合いが濃厚。床の動きを多用し、固まるフォーメイション等を見せる。ニジンスキー、サープなど、先行作品の影響を思わせる動きもあり、バレエダンサーに様々な動きをさせたいという、振付家の意図が窺える。ただし音楽構成に山場が二つあり、さらに平山の緻密な音楽性を生かす方向にないアプローチだったため、意気込みを見せるに終わった感がある。妖怪化粧のため、ダンサーを判別できないのも難点。簾状ロープの使い方は面白かった。バランシン作品は、スーザの行進曲を使用したアメリカンバレエ。軍服で踊られ(女性はチュチュ)、行進、敬礼あり。コール・ド・バレエと軍隊の近似を思わせる。グラン・バットマン、ポアント歩きなどバランシン語彙も見受けられるが、むしろ、シンプルな動きとフォーメイションで作品を構成する職人技に驚かされる(プティパと共通)。どのシークエンスも面白いのは天才ならでは。米津萌の正確な脚技に魅了された。


●井上バレエ団『くるみ割り人形』(12月11日 文京シビックホール
関直人版。見ているうちに自然と体が動く。関の振付もシンプルだが、誰にも真似できない音楽解釈の反映がある。さらに、日劇で培った(?)祝祭性。フィナーレの盛り上がりは必至。同ホールに移った頃は、照明が暗く、フレーベル少年合唱団の登壇タイミングも気になったが、現在では、照明が美術を美しく照らし、合唱団の扱い(拍手を含む)も適切になった。P・ファーマーの暖かく、心に沁みるような美術を満喫できる。ゲスト王子は浅田良和。金平糖の精=源小織よりも、雪の女王=西川知佳子との方が、浅田の長所である気品が滲み出る。西川の集中、献身ゆえだろう。あしぶえの踊り・越智ふじのの完璧なスタイル、花のワルツ・井野口美沙の躍動感あふれる音楽的な踊りが印象的。


●バレエシャンブルウエスト『くるみ割り人形』(12月16日 オリンパスホール八王子)
今村博明・川口ゆり子版。オークネフの豪華な美術が、同ホールの舞台でよく生かされている。橋本尚美とジョン・ヘンリー・リードの金平糖の精と王子、吉本真由美の葦笛、松村里沙の花のワルツ、深沢祥子のアラブと、ベテラン勢が要所を締めるなか、雪の女王(石川怜奈)やアンサンブルには若手を起用。伸びやかかつダイナミックな踊りで、客席をエネルギーの渦に巻き込んだ。帰途、読んでいた竹内敏晴の『ことばが劈かれるとき』の中に、「どうも都心の学校の子はこえが小さいし、はずまない。八王子あたりの郊外の子が、声がしっかりして朗らかで大きい。」とあり、踊りもそうなのだと思った(因みに、竹内敏晴は米沢唯の父。米沢を知る以前に勧められて購入したが、抵抗感があって読み進められず、この日ようやく読了した)。 江本拓がハレーキン(他日は王子配役)で、クラシックのお手本を示している。明晰な踊りに両回転トゥール・アン・レールあり。またフリッツの川口まりが、美しい脚でトラヴェスティの魅力を発散させている。サポート場面ではエルスラー姉妹を連想させたほど。


●牧阿佐美バレヱ団『くるみ割り人形』(12月17日夜 文京シビックホール
松山、井上、シャンブル同様、牧の場合も上演会場が変わって、舞台のスケール感が増した。デヴィッド・ウォーカーの美術、ポール・ピヤントの照明が一層生える。共催が文京シビックホールということもあり、かつてのアットホームな肌理細かい踊りが、開かれた踊りに変わっている。金平糖の精は日高有梨。古風な佇まい、ラインの美しさは相変わらずだが、自分を出せるようになり、華やかさが加わった。『飛鳥』の銀竜でも組んだ美しい王子、ラグワスレン・オトゴンニャムとの相性もよい。黒竜をダイナミックに踊った雪の女王の佐藤かんなは、抑制の効いた踊りで場を支配。青山季可の花のワルツ(昼は金平糖)、茂田絵美子のアラブ、安部裕恵の棒キャンディ、甥の橋本哲至など、ベテランから若手まで見応えある踊りを見せた。熱血アレクセイ・バクランが、オケ同様、児童合唱団にまで渾身の指揮。フィナーレの盛り上がりも素晴らしかった。


●バレエ団ピッコロ『メアリー・ポピンズ』(12月22日 練馬文化センター
恒例のクリスマス公演(32回目)。同時上演は、同じ松崎すみ子による『鳥』と、松崎えり作品『norte』。前者は小原孝司の親鳥を中心に、子鳥達が両翼となって羽ばたくフォルムが印象的。親鳥の翼下から飛び出して、橋本直樹と西田佑子が愛のパ・ド・ドゥを踊る。小品ながら、羽ばたきの示す生命力と、親子の確執を経ての独立物語が、力強く迫る。橋本の入魂の演技、西田のたおやかな肢体が作品の核を作った。えり作品は再演。増田真也とのデュオは、スタイリッシュな男女の愛を描く。だが、えりの本質はそこにあるのだろうか。多人数作品で見せた、性別を超えた友愛の踊りが思い出される。『メアリー・ポピンズ』は、映画のサントラを使用。物語を知らない人でも、楽しさは伝わってくる。早口長大語の「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス」がかかると、客席からは必ず手拍子が起こる。舞台上の子供たちも自然体なら、客席の子供たちも自然。ポピンズのマジカル装置は舞台本来のローテクだが、子供たちはすぐに物語に入り込む。世界は良きところ、を信じさせる、すみ子パワーの力である。その前に、まず松崎がポピンズの世界に入り込んでいるのだろう。標題役の下村由理恵は、映画の同役J・アンドリュースの口跡そのままのクリスピーな踊り。世界を変える指導力(?)がある。バートの橋本の力も大きい。いつ何時でもバートとして存在。暖かい人柄と美しくダイナミックな踊りが、下村を力強くサポートする。これほど肩車の自然なダンサーが他にいるだろうか。小原のバンクス氏、菊沢和子のバンクス夫人は大小名コンビ。小出顕太郎は相変わらず献身的、清潔な「不思議な人」だった。さらに堀登(頭取)のツボを押さえた演技の素晴らしさ。動きからキャラクターが立ち上がる稀有なダンサーである。


洗足学園音楽大学谷桃子バレエ団クラス『白鳥の湖』(12月29日 洗足学園前田ホール)
谷桃子版。多少の省略はあるが、全幕の醍醐味あり。谷版の特徴は、すべての動きにドラマに沿った理由づけがあること。現在は単なるパ・ド・ドゥになっている「黒鳥」も、パ・ダクションで演じられた。その濃厚な演技に思わず引き込まれる。白鳥アンサンブルのアラベスク入場は、他団とアクセントが異なり、日本的な味わい。腕使いにも独特の動きが加わる。終幕では白鳥たちの強い意志が印象深い。ドラマを生きることが、谷の団是なのだろう。王子の齊藤拓は、ブランクを全く感じさせない美しい踊り。女性を生かすサポート、控えめな所作は、伝統的ダンスール・ノーブルそのものである(現在では齊藤にしか見ることができない)。対する佐藤麻利香は、磨き抜かれた身体に高い技術で、正統的オデット=オディール像を作り上げた。特にオディールの艶やかさは素晴らしい。視線の力強さ、濃厚な演技に、谷の伝統の刻印がある。ダブルを最後まで入れたフェッテは、その楚々とした風貌とは裏腹に力強く、背後に隠されたパトスを思わせた。中村慶潤の献身的な道化、伊藤大地の大柄なロットバルト、二羽の白鳥の井上栞、森本悠香、ロシアの山口緋奈子など、若手の台頭も見ることができた。