4月に見た振付家2017

4月に見た振付家について、短くメモしておきたい。

●ケネス・グレーヴ@フィンランド国立バレエ団(4月23日夕 オーチャードホール
作品は、『シェヘラザード』よりグラン・パ・ド・ドゥと、『たのしいムーミン一家』。前者はフォーキン版とは異なり、シャリアール王とシェヘラザードが主役のようだ(抜粋)。オセロのようなたくましいジョナタン・ロドリゲスと磨き抜かれた体のハ・ウンジが、豪華でエキゾティックかつエロティックなパ・ド・ドゥを展開する(雑技団風のアクロバティックなリフトあり)。周りを囲むアンサンブルは、チュチュの女性と奴隷風男性の10組。こちらもゴージャスで、恩師ヌレエフと共通する美学を感じさせた。『ムーミン』も同様、いかにもバレエ作品的なアンサンブルに、グレーヴの創作観が窺える。ダンサー達はなぜかフランス派の踊り。パリ・オペラ座に在籍したグレーヴの影響かと思ったら、前々芸術監督のヨルマ・ウオティネンが導入したとのこと。ウオティネンはパリ・オペラ座のGRTOPでカールソンに師事、その人脈でオペラ座から優れた教師を招いたという。
初来日のフィンランド国立バレエ団については、立木菀子氏による詳しい解説がプログラムに掲載されている。氏の共編著『北欧の舞台芸術』(2011年 三元社)では、他の北欧バレエと共に、フィンランドのバレエについてのさらに踏み込んだ論評と、ケネス・グレーヴ、テロ・サーリネンへのインタビューを読むことができる(ウオティネンがセルジュ・ゴロヴィンにも学んだとの記述もあった)。


谷桃子谷桃子バレエ団特別公演「師の命日に贈る〜過去・現在・未来への歩み」(4月26日 洗足学園前田ホール)
作品は『ロマンティック組曲』。振付指導は伊藤範子、演奏は白石光隆、ショパンピアノ曲を組み合わせた谷版『レ・シルフィード』である。佐藤麻利香の隅々まで意識化された繊細な体と高い技術、齊藤拓の美しく行き届いたサポート(フッと浮くような肩乗せリフト、足が着くか着かないか分からない下ろし方)とノーブルなスタイルは、まさに主役の名にふさわしい。『白鳥の湖』、『ドン・キホーテ』を共に踊ってきた呼吸の一致も、作品を引き締める核となっている。伊藤によるロマンティック・スタイルの完璧な実現、白石の舞台に寄り添う演奏(残念ながら増幅されていたが)もさることながら、谷の振付そのものに引き付けられた。パ・ド・ドゥにおけるグラン・ジュテからの沈み込み、グラン・プリエからのピルエットなど、上下のメリハリが面白い。さらに考え抜かれたフォーメイションの素晴らしさ。音楽と連動しているが、感情的ではなく、理知的。構成することへの意志を感じさせる。男女2組への振付も新鮮だった。ここまで突き詰めて振り付けをする激しさは、まさに谷桃子そのもの。


●ウラジーミル・ワシーリエフ@東京バレエ団ドン・キホーテの夢』(4月29,30日 東京文化会館
子どものためのバレエ、初見。サンチョ・パンサの中村瑛人が水先案内人で、子供たちを『ドン・キ』の世界に導く。客席からの入場やダンサー配置など、身近に触れ合う演出が楽しい。「馬の耳に念仏」、「瓢箪から駒」といったことわざ満載の台本は(演出も)立川好治。街の踊り子、森の女王を省略しても、あまり物足りなさを感じなかったのは、ロシナンテとお嬢さん馬が登場したからだ。それぞれ2人づつ男性ダンサーが中に入って、ロシア風ステップを踏む。受付の方に訊いたところ、馬の振付は初演時に斎藤友佳理芸監が行い、今回ワシーリエフが監修したとのこと。厳密には斎藤振付かもしれない。歩き方、走り方、座り方まで馬らしく、前脚後脚(つまり別人の脚)が揃って地面を搔く爪先(蹄)が美しい。お嬢さん馬の方はポアントのように見える。フィナーレには被り物を取った4人の男性ダンサーが、跳躍、回転技を次々と披露する見せ場も設けられた(高橋慈生の大胆不敵さが目立つ)。客席にいたワシーリエフはカーテンコールに引っ張り出され、楽しそうにひと踊り、サンチョと幕前に出されて、子供たちに紹介されていた。「この作品を作ったワシーリエフさんだよ、馬の鳴き声もやってくださったんだよ」。今回はサンチョを始め、ダンサー達も掛け声(バジル! キトリ!など)をかけたが、確かに馬もいなないていた(録音)。本当にワシーリエフのいななきだったのか。バレエ団は明晰なパ、明確なエポールマン、優れた音楽性により、ロシア派バレエ団として蘇っている。ロシアの大地を思わせるワシーリエフと斎藤芸監の細やかな指導が生んだ、子どもバレエの名品だった。