2017年の『くるみ割り人形』

NBAバレエ団(11月23日朝昼 ミューズ マーキーホール)
久保綋一版。クララとくるみ割り王子が全編を通して活躍し、金平糖の精(別配役)はカバリエールと踊る。クララは一年前のクリスマスにドロッセルマイヤーの甥と出会うが、今年は会うことができなかった。その代り、夢の中で甥=王子と踊るという設定。演出面では一幕の、悪童フリッツ3人組を小間使いが叱るが、巻き込まれて一緒に遊んでいるところへ乳母が来て、小間使いを叱る、が、乳母も巻き込まれたところへ、母親が来て乳母を叱るシークエンスが面白い。二幕では、ネズミ3人組が人間に化けて、毒入りケーキをクララに食べさせようとする「葦笛」が、独自の演出となっている。女性アンサンブルの生き生きとした統一感、男性ダンサーの高度で鮮やかな踊りが、バレエ団の勢いを示している。
朝の回のクララは清水綾乃、やや表情は硬いが伸びやかな踊りを見せる。対する大森康正は美しい踊りと立ち居振る舞いがいかにも王子。二幕では座っているだけで優しさを滲ませる。金平糖の坂本絵利奈は華やかで大きく、カバリエールの三船元維はノーブルなスタイルを心得ている。昼の回のクララは大島淑江、体の隅々まで感情が行き渡った表情豊かな踊りを見せる。対する安西健塁は野性味のある少しニヒルな王子、大島との息もぴったりだった。金平糖は復団した佐藤圭が迫力ある踊りを、カバリエールは米倉佑飛がノーブルで騎士らしい踊りを見せた。ドロッセルマイヤーは不思議な存在感で場を支配する西優一。竹内碧の闊達なラタトゥイユ、清水勇志レイ、新井悠汰の活きのよいフリッツとチャイナ、土橋冬夢の豪快なハレーキン等に加え、新加入ダンサーの活躍も目立った。


●スターダンサーズ・バレエ団(12月9日 テアトロ・ジーリオ・ショウワ)
鈴木稔版。ディック・バード美術のドイツ風クリスマス市、ホフマン風味の人形劇舞台裏、二幕のドールハウスが楽しい。特にドールハウスでは、ディヴェルティスマンを踊るスペイン、アラビア、中国、フランス、ロシアの各部屋が、お国柄を表す内装と窓で彩られている。クララは両親、姉、弟に囲まれた賑やかな日常から、一人、人形劇の自動車に乗り込む。そこでネズミたちに脅かされる人形たちを救い、王子と共に人形の国に赴く。王子との結婚を祝福されるが、ふと懐かしい音楽が聞えてきて、家族の元に戻ることを決意。自動車から出てきたクララは、ティアラを頭に乗せ、少し成長した姿を家族に見せる。鈴木振付の白眉は「雪片のワルツ」。白い三角帽子に円錐形の白ワンピースを着た男女3組のソリストとアンサンブルが、コンテンポラリー語彙で踊る。男性の力強いフォーサイス振り、女性の柔らかで可愛らしい踊りが、鈴木の優れた音楽性を明らかにする。ダンサー達は借り物ではない、自分に仕立てられた服を着ているように、生き生きと楽しげに踊っていた。全編をコンテにしてもいいのでは、と思わせたほど。
クララは渡辺恭子。脚の明晰さ、透明感が特徴で、二幕パ・ド・ドゥではきらめくような踊りを見せた。王子の林田翔平は、甘いルックスに芝居心が加わり、少女の夢見る王子にぴったり。渡辺とのパートナシップも今後育まれることだろう。ドロッセルマイヤーは怪しげな鴻巣明史、人の好い呑み助の父には東秀昭、優しい母には周防サユル、姉は佐藤万里絵、弟は堀貴文が配され、暖かい家庭の味を醸し出している。また花のワルツの黒一点、加藤大和がふんだんにソロを与えられて、技術の高さを披露した。指揮は田中良和、演奏はテアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラ。


●井上バレエ団(12月9日 文京シビックホール・大ホール)
関直人版(スー・カールトン・ジョーンズ版に基づく)。ピーター・ファーマーのほの暗く幻想的な美術を、的確な照明(立川直也)が照らし出す。雪のシーンの美しさは言うまでもない。茶系の室内場面には落ち着きがあり、静かにクリスマスを祝う雰囲気が漂った。いつものようにゲストと団員の一体感が幸福な場を作り出す。特に『くるみ』はレパートリーの長さゆえか、全員が同じ方向を向いて舞台を作る特別な空間と化している。関の振付は演技の部分も音楽的。チャイコフスキーの明暗併せ持つ音楽が胸に沁みる。総踊りフィナーレの振付は石井竜一に変わった。関振付の踊るほどに狂っていく奔放さはないが、ダンサーのピラミッド構成をきっちり見せるノーブルスタイルで、個性を発揮した。
金平糖の精は華やかで大きい源小織。前回よりも自分を出せるようになり、パートナーとのコミュニケーションも向上した。王子の浅田は躍動感あふれる踊りもさることながら、様々なパートナーを受け止められるニュートラルな佇まいが特徴。そこから一種色気のようなものが醸し出される。ドロッセルマイヤーは熟練の堀登。雪の女王阿部真央は、雪が溶けるほどの情熱的な踊り、花のワルツの越智ふじのは音楽的な踊り、くるみ割り人形の荒井成也は美しく端正な踊りを披露。大倉現生のネズミの王様、中尾充宏のボーイ、桑原智昭率いるトレパック、玉利智祐のギゴーニュおばさんなど、常連組が舞台を支えている。また子役ながら、フリッツ淵山集平の足捌きの美しさには目を見張るものがあった。ロイヤルチェンバーオーケストラ率いる御法川雄矢の指揮は、すっきりと端正でありながら舞台への暖かみも感じさせる。初登場のNHK東京児童合唱団も本格派、思わず花道を見てしまった。


●バレエシャンブルウエスト(12月16日 オリンパスホール八王子)
今村博明・川口ゆり子版。ヴァチェスラフ・オークネフのゴージャスな美術が、観客を夢の世界に誘う。一幕のロココ調広間、幅広く上方に伸びていくクリスマス・ツリー、そのツリーが下から裏返ると雪の森が見える。縁取りはローソクの付いた樅の木なので、ツリーを通して森を見るというコンセプトである。お菓子の国ではパステルカラーの光線を背景に、エンジェルたちが浮遊する。女性陣は大きくダイナミックに踊り、男性陣はノーブルなスタイルを遵守。子役のレヴェルも高く、この回はクララとフリッツを、島崎杏朱と朱里安の双子姉妹が踊った。姉は達者な踊り、妹は美しいラインときれいな足捌きでノーブルな少年像を造形した。
金平糖の女王の川口まりも、この間まで音楽的で美しいフリッツを踊っていた。川口は今年6月の田中祐子作品で情感豊かな踊りを見せ、続く清里フィールドバレエの『シンデレラ』で初主演を果たしている(未見)。金平糖は初役ながら、心得た踊りを見せた。もちろんこれから彫琢される部分も多く残されているが、主役としての心構えを理解し、持ち前のピンポイントの音楽性を発揮した。責任感、向上心という点で主役の器。清潔な踊りは気持ちがよい。対する王子の土方一生は、音と戯れるような自然な音楽性の持ち主。踊りにも気張りがなく、流れるような踊りを披露した。ドロッセルマイヤーは今村のノーブルスタイルを継ぐジョン・ヘンリー・リード、雪の女王は大きく華やかな上体を持つ石川怜奈。深沢祥子の美しいアラブ、持田耕史の美しいチャイナ、染谷野委の元気なトレパック、松村里沙、斉藤菜々美、吉本泰久のクラシカルな葦笛、村井鼓古蕗の伸びやかな花のワルツなど、ディヴェルティスマンも多彩。末廣誠指揮、東京ニューシティ管弦楽団が、ダイナミックな演奏で舞台を支えている。