8月に見たバレエ公演 2023

NBAバレエ団『ドラキュラ』(8月6日 新国立劇場 中劇場)

マイケル・ピンク振付の『ドラキュラ』は、ブラム・ストーカーの原作100周年を記念し、1996年にノーザン・バレエで初演された。作曲はフィリップ・フィニー、舞台装置・衣裳はレズ・ブラザーストン、照明デザインはデビッド・グリルによる。NBAバレエ団では2014年に初演、国内他団にはない独自のレパートリーである。

主役のドラキュラは3キャスト。初日マチネは厚地康雄、ソワレは平野亮一とゲストが続き、二日目はバレエ団の刑部星矢が務めた。その二日目を見た。刑部は2020年「HORROR NIGHT」ダブル・ビルの宝満直也振付『狼男』で、狼男の首領を演じている。以下はその時の公演評。

「HORROR NIGHT」と題されたダブル・ビルの一作。もう一作はマイケル・ピンク作『ドラキュラ』の第一幕である。後者は今夏全幕上演の予定だが、一幕のみでも、英国系物語バレエの伝統が明らかだった。英国ロイヤル・バレエの平野亮一(ドラキュラ)を始め、宮内浩之(ハーカー)、峰岸千晶(ミーナ)、三船元維(ヘルシンク)、3人の女バンパイアなど、細かい役作りに全幕への期待が高まる。野久保奈央を中心とする村人たちの踊りも、大地と直結したエネルギーにあふれていた。

宝満新作『狼男』は、得意とされる動物ものだが、これまでよりも抽象的な造形。人間の共同体が、異質にどう対するかという、普遍的な問題を扱っている。冒頭のシルエット・シーンでは、男(森田維央)が四つん這いの男に咬まれ、終幕の同シーンでは、少女(竹田仁美)が別の男を咬んで、血だらけの首を晒して終わる。疑心暗鬼の指差しシーン、男性アンサンブルによるコミック・リリーフも効果的。途中、紫色の神官服に身を包んだ刑部星矢が、狼男の首領として現れる。圧倒的な存在感、虚構度の高さは、物語に歪みを与えるほど強烈だった。狼女となる竹田とのパ・ド・ドゥもドラマティック。ベテランの竹田は、深い作品解釈、緻密な役作り、磨き抜かれた踊りで物語を牽引、振付家の優れた伝達者となった。中盤は人間関係が分かりにくく、整理は必要に思われるが、骨太のコンテンポラリー・バレエ作品。再演を期待したい(音楽の表記も)。(2月15日昼 新国立劇場中劇場)

この時から刑部のドラキュラを期待していたが、期待通りの舞台。ミーナに野久保奈央、ルーシーに勅使河原綾乃と役者が揃い、初めて作品の持つドラマ性、濃厚なエロティシズムを味わうことができた。刑部の伸びやかで大きい踊り、体内深く宿るパトス、パートナーに寄り添う体の柔らかさ。胸の血をミーナに吸わせるロマンティックな官能性は、刑部でなければ出すことができない。さらに蝙蝠のように降りてきて、蛇のように消え去る影のような身のこなし。はまり役だった。

ミーナの野久保は天性の女優、佇むだけで感情を伝えることができる。刑部ドラキュラと並んで歩む姿は、異世界の女王。終幕の首筋に手をやる仕草は妖艶。今後も続く吸血の連鎖を一瞬で視覚化させた。ルーシーの勅使河原は踊り、演技ともに切れがよく、ドラキュラに惹かれる明るい奔放さと、ゾンビとなって襲い掛かる無意識をよく表している。ハーカー初役の新井悠汰は健闘するも、ドラキュラとの場面ではもう少しマゾヒスティックな官能性が必要だろう(胸筋も)。初演から演じるヴァン・ヘルシングの三船元維、クインシーの高橋真之、アーサーの本岡直也は適役。レンフィールドの佐藤史哉も奇矯さをよく出していた。

女ヴァンパイア、村人たち、パーティの人々、アンデッドたちは、振付家直接の指導を受けて生き生きと踊っている。役者が揃った上は、夏の定番になるかもしれない。

 

スターダンサーズ・バレエ団『ドラゴンクエスト(8月12日 新国立劇場 オペラ劇場)

鈴木稔演出・振付の『ドラゴンクエスト』は1995年の初演以降、再演を重ねてきたオリジナルバレエである。2017年には舞台装置・衣裳を一新し、ディック・バードの陰影深いファンタジー色が作品に加わった。今回、会場が新国立劇場のオペラ劇場となったことで、バード美術の可能性が一気に開かれている。舞台の幅、奥行に、効果的な照明(足立恒)が加わり、バード本来の意図が実現された。鈴木演出も全面的に刷新。プロローグから終幕まで、緻密な演出が施され、物語の流れが手に取るように分かった。神話的原型を踏まえつつ、日本的情緒をも含む和製物語バレエである。

主役の白の勇者は初日がアクリ瑠嘉、二日目が林田翔平、黒の勇者はアクリ士門、池田武志、王女は渡辺恭子、塩谷綾菜、戦士は西原友衣菜、杉山桃子のWキャスト。魔王には重厚な大野大輔、賢者は風格ある福原大介、武器商人は細やかな鴻巣明史、伝説の勇者は大きさのある久野直哉、聖母はたおやかな角野みづきと、適材適所だった。

二日目を見たが、白の林田は爽やかさに少しコミカルな味を加えた造形。適役だが、勇者にしか抜けない剣を抜く英雄のプロトタイプなので、もう少し凛々しさが望まれる。黒の池田は役作りが深まり、双子の兄弟への思い、育て親への愛情(義理立て)を身内に落とし込んで、自己犠牲の死を選んでいる。王女の塩谷ははまり役。正確な技術とポジションから繰り出される清潔な踊り、的確な物語解釈、優れた音楽性が揃う。動きの全てに感情が宿っていた。戦士の杉山も初役ながらはまり役。男性に引けを取らないマニッシュな振付を鮮やかにこなし、ゴージャスでダイナミックな戦士像を描き出した。匂い立つ男役風アプローチに、客席から声援が飛んだほど。

国王の関口武、王妃の周防サユル、臣下の比嘉正を始め、王女友人、兵士たち、モンスターたち、酒場の男女、剣士たち(佐野朋太郎、関口啓、西澤優希)、小鳥たち(鈴木就子、森田理紗)、天空の妖精たちが、明快なすぎやまこういちの音楽に乗って、日本発の物語バレエを生き生きと立ち上げている。

指揮は田中良和。東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団から、厚みのある音を引き出した。

 

谷桃子バレエ団『くるみ割り人形日生劇場版~(8月25日昼 日生劇場

演出・振付は谷桃子、改訂演出・振付は芸術監督の髙部尚子による。上演に先駆けて、バレエミストレスの日原永美子が幕前解説を行なった。マイムについて説明し、男女のダンサー二人が実践してみせる。今回加えられたプロローグでは、ホフマン原作に則り、ドロッセルマイヤーの甥ハンスがくるみ割り人形に変えられた経緯を、登場人物のマイムとナレーションで描いている。直前のマイム解説と地続きの形式で、子供たちにとって物語に入り易い導入となった。

谷版はワイノーネン版に準じた演出。自動人形は、ピエロ、コロンビーヌ、ムーア人に設定され、雪片のワルツ、花のワルツもワイノーネンの振付を多く残している。今回の改訂では、ハンスがクララと結ばれる原作の結末を取り入れ、ハンスが人形から人間に戻る場面をコッペリア風(徐々に腕が動き始める)に変更した。髙部監督のドラマ重視を反映した新版と言える。

当日のクララは齊藤耀。きめ細かい動きに明るさと可愛らしさが加わる。くるみ割り人形(ハンス)の今井智也と呼吸もよく、ドラマを溌溂と牽引した。今井は暖かさと誠実さの滲む王子。人間に戻る際のリアリティが光った。金平糖の精は山口緋奈子。お菓子の国を統括する大らかな佇まいが印象深い。ドロッセルマイヤーの齊藤拓は、優美な動きに妖しさを漂わせて適役。老将軍の岩上純と共に、ベテランの存在感を示した。フランツはお茶(中国)も踊る闊達な松尾力滝だった。

ピエロの清水豊弘、コロンビーヌの加藤未希、ムーア人の田村幸弘、雪の精ソリストの北浦児依、白井成奈、チョコレート(スペイン)の昂師吏功、トレパックの牧村直紀など、ソリスト陣も充実。永井裕美、池澤嘉政率いるデコレーションケーキ(花のワルツ)は、男性伝統のノーブルスタイルが際立つ。女性陣は全体に伸びやかな踊り、生き生きとした演技で、バレエ団の勢いを感じさせたが、コール・ド・バレエはまだ熟成の途上にあった。

指揮の井田勝大が手兵のシアターオーケストラトーキョーを率いて、豊かで滋味あふれる音楽を紡ぎ出している。雪片のワルツが(某団時とは異なり)適切なテンポで安心した。

 

東京バレエ団ドン・キホーテの夢』(8月26日昼 めぐろパーシモンホール 大ホール)

「子どものためのバレエ」全国9か所のツアーを終えて、バレエ団所在地の目黒に戻ってきた。振付・演出はウラジーミル・ワシーリエフ(ロシナンテの声も)、振付補佐は芸術監督の斎藤友佳理、脚本は立川好治。2015年の初演以来 上演を重ね、隅々まで練り上げられた演出を誇る。ロシナンテ、お嫁さん馬を、歌舞伎風に2人のダンサーが前脚、後脚となって作り上げる面白さ。歩行のみならず、スペイン馬術学校顔負けのステップも披露する。「馬の耳に念仏」「さんまは目黒に限る」「瓢箪から駒」などの諺も散りばめられ、『ドン・キホーテ』のエッセンスに日本文化が顔を覗かせる 東京バレエ団独自の改訂2幕版である。

キトリ/ドゥルシネア姫は秋山瑛、バジルは大塚卓。優れた音楽性と振付解釈、芝居勘の良さが共通する絵になるカップルである。背丈、呼吸もぴったり。瑞々しいドラマが展開された。ドン・キホーテは真っすぐなブラウリオ・アルバレス狂言回しも兼ねる台詞入りサンチョ・パンサは、しっかりとした岡崎隼也、ガマーシュはやや控えめで人の好い鳥海創、ロレンツォは大きい和田康佑、エスパーダは若く可愛らしい後藤健太朗、キューピッドは軽やかな本村明日香が務めた。後藤の翌日配役はサンチョ・パンサエスパーダとサンチョを兼任したダンサーはいない気がする。

ロシナンテはハギンズ・ミカエル聖也、山下諒太朗、お嫁さん馬は小泉陽大、寺田瑠唯。フィナーレでは馬体を脱ぎ捨てて、爽やかな跳躍・回転を披露、喝采を浴びた。劇場文化の楽しさが横溢する幕切れだった。