9月に見たバレエ公演2021

小林紀子バレエ・シアター「バレエ・ダブルビル 2021」(9月26日 新国立劇場 中劇場)

長年英国バレエをレパートリーとしてきたカンパニーが、2作の英国作品を上演した。フレデリック・アシュトンの『バレエの情景』とアルフレッド・ロドリゲスの『シンデレラ・スウィート』である。これまで演出陣を英国から招いてきたが、コロナ禍で来日が不可能に。英国ロイヤル・バレエ学校への留学経験があり、同国バレエへの造形が深い芸術監督の小林紀子が、前者の演出、後者の改訂振付・演出を行なっている。いつにも増して、英国スタイルを堪能できるダブル・ビルとなった。

『バレエの情景』(48年/団初演96年)はアシュトンのプティパ研究が盛んな時期の作品。『シンデレラ』と同年の初演である。ストラヴィンスキーの同名曲(44年)に、『眠れる森の美女』のローズ・アダージョ、友人アンサンブル、『白鳥の湖』の白鳥フォーメーションなど、プティパ振付が充てられている。その音楽の切り取り方、さらに万華鏡を思わせる全方位的フォーメーションに、アシュトンの鋭い音楽性、モダンな実験精神を見ることができる。ブルノンヴィル作品を思わせる大胆なエポールマンも特徴の一つ。後のフォーサイスをバランシンと共に予告する ポジションの組み合わせなど、古典バレエのスタイルが批評的に再構成される。その中で垣間見られるウイットに富んだ遊び心は、アシュトン独自の味わいである。

真野琴絵と八幡顕光を中心に、男性4人、女性12人が、きびきびと体を切り替えて、多種多様なフォーメーションを築いていく。真野のゆったりとした優雅さと瞬時のポーズ決め、肌理細やかな体の捌き、脚のラインが、アンサンブルの規範となる。同じポール・ド・ブラ、同じ背中の筋肉、同じエポールマン、ポアント音なしがアンサンブル全員に徹底された。男性4人を従える八幡の控えめなノーブルスタイル、これ見よがしのない高度な技、慎ましやかなサポートは、ベテランならではの味だった。

『シンデレラ・スウィート』(団初演89年)を振り付けたロドリゲスは、クランコ、マクミランより少し年上ながら、同時期にサドラーズ・ウェルズ・バレエに入団している(47年前後)。50年代から振付を始め、SWTB、SWB、RB、ミラノスカラ座RDBワルシャワグランドオペラ等に作品を提供した。小林紀子バレエ・シアターには第1回公演『オンディーヌ』(74年)をはじめ、『ダフニスとクロエ』(80年)、『ジュディス』(82年)、『シンデレラ』(90年)などを振り付けている。今回は『シンデレラ・スウィート』レパートリー保存のため、小林が改訂振付を行なった。

第2幕(舞踏会)に「四季の精」を加えた構成で、シンデレラがプリンセス姿から元に戻るまでを描く。父、継母、仙女は登場せず、王子とシンデレラの出会いを中心に、騎士たちの踊り、四季の精たち、宮廷の人々の踊りが配されている。プリマを中心とする儀式性の点で アシュトン版の影響は感じられるが、振付自体はもっとダイナミックで男性的な印象。四季の精たちも伸びやかな振付だった。バットリー多用、騎士たちのくっきりと円を描くロン・ド・ジャンブ・アン・レール・ソテ、四季の精コーダの左右両回転など、ブルノンヴィルの影響も窺わせる。

主役の島添亮子は、光り輝くプリマの佇まい。美しい白のチュールを曳いて登場する。一つ一つのパに心をこめ、パートナーの王子を優しく包み込む。今回は持ち前の音楽性よりも、存在感でシンデレラを造形した印象だった。対する王子は冨川直樹。ノーブルスタイルをよく意識し、大きい踊りを心掛けている。上月佑馬の道化は献身性と美しい踊り、義姉妹の澤田展生と佐々木淳史はあっさりとした女形芸だった。四季の精は、濱口千歩の爽やかな春、廣田有紀の華やかな夏、真野琴絵のきびきびとした秋、澁可奈子の大らかな冬、と個性が揃った。荒井成也、吉瀬智弘、望月一真、小山憲の溌溂とした王子友人、村山亮、杜海のノーブルな侍従長など、男性陣も充実。

井田勝大指揮、東京ニューフィルハーモニック管弦楽団が、引き締まったストラヴィンスキーと情感豊かなプロコフィエフで舞台を盛り立てた。

 

スターダンサーズ・バレエ団「RESONATE」(9月29日 テアトロ・ジーリオ・ショウワ)

バレエ団伝統の日本人振付家による創作集。団員の友杉洋之、関口啓、仲田直樹、佐藤万里絵が新作を発表した。4人とも現代曲を使用、振付家自身による楽曲、書下ろし楽曲も含まれる。都会的センスと優れた音楽性を特徴とする 同団らしい創作公演である。

幕開けの友杉作品『Message』は、A. Vatagin、Arca、2562、H. Tomosugi の楽曲を使用したバレエ寄りコンテンポラリーダンス作品。手、脚を使った体の対話、歩行と踊りの組み合わせなど、友杉自身が踊ったフォーサイス・スタイルを踏襲する。足立恒の照明も加わり、全体にスタイリッシュで整った印象だった。広い空間で多人数を踊らせる手腕も見せたが、友杉の個性を最も感じたのは、終盤の林田翔平と杉山桃子のユニゾン、その背後で練り歩くダンサー行列を、二人が振り返って見つめる終幕である。師匠の鈴木稔もフォーサイスの影響下にありながら、同時に盆踊り風の日本的共同体を現出させ、音楽に乗って踊る喜びを炸裂させた。師に倣い、友杉の匂いが隅々まで充満する作品も見てみたい。林田の入魂の踊り、杉山のゴージャスな味わい、渡辺恭子と池田武志の存在感、また川島治の知的な踊りが印象深い。

休憩を挟んで新人振付家による2作が上演された。関口作品『Holic』は、馬場宏樹(Qings)によるオリジナル楽曲を使用。ミニマルだがオーガニックな音楽である。舞台には机と椅子とパソコン。喜入依里の OL が帰宅し、リモートワークの愚痴をひと頻り喋って、若宮嘉紀の演じる愛犬ポチを呼ぶ。白地に黒ブチのポチは喜んで両脚跳び、喜入にじゃれつく。可愛がる喜入。喜入のお喋りに合わせて踊るポチ。喜入はネットで‛推し’が推すバレエ通販を見つけ、購入すると、派手なシャツに仮面の男が現れる。小澤倖造が切れ味鋭い踊りを披露。黄黒タイツのスレンダーな女性たちと男性も。なぜかポチも加わって仮面を取ったり。最後は喜入が仮面を投げてポチに取ってこさせるシーンで終わる。関口の性格を反映した機嫌のよい作品。ポチ振付の面白さ、若宮の愛らしさ。淡々と動いて、かつ面白い。喜入の太っ腹な芝居が作品の要となった。突拍子もない設定だが、振付自体に妙味がある。抽象的なバレエも見てみたい。

続く仲田作品『What about...』は仲田自身の音楽に振り付けられた。心臓の鼓動に重ねられる「ザ、ザ、ザ」と迫りくる音楽。災厄の後なのか、ダンサーたちのベージュの上下に茶色の汚れが。主役の秋山和沙はグレー・白のマーブルタイツ。右脚部分が腰まで捲り上げられ、瘡蓋状になっている。秋山の妖しくぬめっとした動き、柔らかい体、湿度のあるデヴロッペが、禍々しさを増幅させる。振付では、カミテで男女並んでのフォーメーションと動きに工夫があり面白かった。ドラマはなく心象風景が連なる、あくまで自分の美意識に忠実な作品。女性たちが全員やさぐれたロングヘアであることも、振付家の趣味を感じさせる。

最後は佐藤作品『SEASON❜s sky』。書下ろし曲を含む Anoice の音楽を使用する。波の音を含め、重厚で暗めの曲、ドラマティックな曲等で大きく骨太な構造を作る。プリマ渡辺恭子を中心に、水色花柄模様の6組の男女デュオ、紅・黄・薄茶の女性アンサンブルが多彩なフォーメーションを繰り広げた。多人数それぞれに見せ場を作り、全員に踊る喜びをもたらす振付家としての技量がある。幕開け、背中を見せた女性陣の左の掌に、床に仰向けになった男性陣の両足が乗った絵柄は衝撃的だった。これからシンフォニック・バレエに向かうのか、物語性を加えるのか、今後に注目したい。ダンサーたちは同僚の作品を喜びと共に踊っている。中でも渡辺の毅然とした佇まい、林田の伸びやかなソロが印象的だった。