3月に見た振付家 2023

3月に見た振付家について、メモしておきたい。

ウィリアム・フォーサイス @ 東京シティ・バレエ団「トリプル・ビル 2023」(3月5日 ティアラこうとう大ホール)

作品は『ArtifactⅡ』(84年)。同時上演はバランシン振付『Allegro Brillante』(55年)、イリ・ブベニチェク振付『L'heure bleue』(16年団初演)。舞踊学者 松澤慶信氏の動画解説によると『Artifact』全幕は、フォーサイスがフランクフルト・バレエ団の芸術監督になった1984年に初演され、86年に同作から『ステップテクスト』が新たに作られた。サイドライト使用の暗めの照明は、谷崎潤一郎の『陰影礼賛』がベースにあると、フォーサイス自身が同氏に語ったという。フォーサイスがメタダンスに至る前の、いわゆる「ハードバランシン」時代の作品で、今回は第2幕が上演される。音楽はバッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番より「シャコンヌ」を使用。振付指導はティエリー・ギデルドニによる。

2組の男女(松本佳織・杉浦恭太、三好梨生・吉岡真輝人)が、バレエ語彙拡張デュオをハードに踊る。周囲三方にはベージュ・オールタイツの男女アンサンブル。曲中に何度も幕が上下し、アンサンブルはその都度フォーメーションを変える。幕は言わばカメラのシャッターのような役割。一人離れて立つ水色レオタードの女性(清田カレン)が、アンサンブルを指揮。『ステップテクスト』でも見られる手旗信号風手話ダンスである。清田のふくよかな佇まい、そこはかとないユーモアが、舞台に不思議な明るいニュアンスを加えている。終盤、アンサンブルが奥横一列で仰向けになり、アスパラガスのように腕を突き出す動きも新鮮だった。

主役男女のダイナミックな踊りもさることながら、アンサンブル人体が生み出す空間構成の思いがけない推移、「シャコンヌ」を幕の上下で切り刻む自由な音楽性に、時代を画する思考者の姿が見える。ここから『ステップテクスト』がどのように抽出されたのか、並べて見てみたい(『ステップテクスト』日本初演のスターダンサーズ・バレエ団は同作85年説)。

 

関かおり @『み とうとう またたきま いれもの』(3月11日夜 シアタートラム)

客席は取り払われ、体育館形式に。長辺に客席を配置し、観客は互いに向き合う格好。ダンサーが左右に動くのを見る。四隅には香水噴出器。自然音(雨音、風音、地震音)や、犬、鳥、赤ちゃん、人の声、ポコポコ音が思い出したように流れる。ほぼフラットな照明で、明るくなったり暗くなったり。小さい台車、棒を使用。途中ダンサー二人が下半身から水を漏らし、体から赤い粉を飛ばす。白い粉も登場。70分。

緻密に演出されているのに、作り物めいていない、自然。観客が正対するので、作品の ‟たまり” が出来にくく、どこか呆けた印象。前回ほどの動きの追求もなく、体と体の関係性が変わるのをボーっと眺めていた。体と体の親密さはモノとモノのように夾雑物がない。しかし肌の温かさはある。動物的エロティシズムも。でも人間同士、野性的ではない。

内海正考と北村思綺が中心。体の吸引力が凄い。精緻な身体技法に加え、体そのものに物語を含んでいるため。内海の「思綺ちゃーん」という絶叫が作品の核だった。二人はそれぞれ小便をして、赤い粉を飛ばす。終盤、内海、北村、佐々木実紀が、真壁遥にラップでぐるぐる巻きにされ、野の花が手向けられる。地震音と地震の匂い―きな臭い土の匂い―が漂う。佐々木が抜け出してラップを切る。津波か。当日は 3.11。内海と北村は別れて終幕。

内海の知的肉体、北村の美そのものの体、クールな髙宮梢、情熱的な佐々木、超然とした真壁、ポジティブで体操的な大迫健司、ネガティブで受け皿になれる倉島聡と、個々の存在が剥き出しになるクリエーションだった。

 

岩渕貞太 @『ALIEN MIRROR BALLISM』(3月18日 吉祥寺シアター

題名の ‟ALIEN” は室伏鴻の言葉から、‟MIRROR BALLISM” は菊地成孔のバンド(DC/PRG)の曲名やラストライブの名前から取ったという(リーフレット)。「今日はリラックスして、古くて新しいダンスフロアを楽しんでもらえたらうれしいです」という振付家の言葉通り、肩の力が抜けた印象。前回ほどのムーブメント追求は見られなかった。前半部は、二次元横歩き、仏像ポーズ、犬の遠吠え、結跏趺坐、バリ舞踊などがあったが、後半は音楽に乗って即興するライブ風。間に挟まれた岩渕トークでは、作中に見られる「アメーバを体の中で動かす方法」が実践解説された。80分。

音楽演奏は額田大志、渡健人。額田独特の石をぶつける音では原初的、電子音によるエイリアン音階では、近未来の雰囲気がカラフルな照明と共に醸し出される。北川結のソロ時にはリリカルなメロディが奏でられた。ダンサーと交感する額田の静かな息遣い、渡の躍動感あふれるドラムスを間近で見ることができた。

ダンサーたちは個性に応じた衣裳(藤谷香子)を身に纏っている。白い大きな前垂れ襟を付けた北川結は明晰で生きたフォルム、毛皮のジャケットに派手なスパッツの辻田暁(辻のシンニョウは一つ点)は動物的な勘、四つん這い、遠吠え。フラダンス風スカートと胸当てを付けた涌田悠はエロティックな質感、切れ込みのある造形的な上着の中村理は少年ぽさ、シースルー・スカートの入手杏奈は「野蛮でエレガント、中身は中学生」(岩渕評)とのことだが、今回はなぜか体が乗り切れていなかった。岩渕自身もややクールで、引っ込んだ体。ここ8年ほどは室伏と向き合う時間だったが、やっと自分のことを始められそうと語る(リーフレット)。区切りを付ける公演(作品というよりも)だったのだろうか。

 

川村美紀子✕黒須育海彩の国さいたま芸術劇場日本昔ばなしのダンス」(3月25日夕 埼玉会館大ホール舞台上)

川村は『じごくのあばれもの』(以下①)、黒須は『ごんぞうむし』(以下②)。共にトラヴェスティ役を含むのは偶然か。①では川村が建設会社の親方で、じいさんばあさんを騙す悪人、作業着に紙幣がくっついている(衣裳:村上美知瑠)、②では香取直登が太郎の母親、病に伏せているが潔癖症を演じる。子供の頃、由利徹が繕い物をする女装ネタに魅了されたが、この日の子供たちは、川村親方の異様な暴力性、香取母の妖しい美しさをどのように心に刻んだだろうか。

①は大人が見て隅々まで面白い作品。川村のヤンキー・ラップがめちゃくちゃ面白い。が、子供にとってはどうだろう。怖い謎として残るかな。米澤一平のタップも、青沼沙季のミュージカル風歌唱も(歌詞は川村? それだけでも面白いが、子供に分かるかな)。くす玉割りを会場の子供にやらせる参加型でもある。米澤も青沼も子供たちに真正面から対していた。芝居の合間に入る踊りは、クネクネと面白い。川村はロボットダンス風のクキクキも。川村親方は台車に乗って腹ばいで出てくる。独り立ちできるキャラクター。

②は子供の心を鷲掴み。太郎役 江口力斗の汗をかくダンス・演技に同化、吸い込まれて物語を体験していく。黒須は犬のおまわりさんになったり、金ぴかのごんぞうになったり、香取は警察官と母親と白い神様(金の下駄を太郎に与える)。リアルな衣裳(北村教子)、紙に書いた薬、神社、借用書など、子供の目線に立った美術も吸引効果がある。黒須の不気味さ、江口の可愛らしさ、香取の妖しさ(香取母が、手洗い、うがい、消毒、距離、と言う度に、子供たちが笑う)。三者とも客席との距離が絶妙だった。小判をちらつかせると、子供たちは全身で反応。「志村、うしろ」のように子供たちが行き先を大声で教える。黒須の豊かな教職経験が生かされたインタラクティブな作品だった。

 

大森瑤子 @ 「吉祥寺ダンスリライト vol.3」Bプログラム(3月26日 吉祥寺シアター

作品は『おざなりちゃん』。同時上演は、田村興一郎『ENDLESS』、tantan『Q&A』(総合プロデューサー:北尾亘)。作品紹介ノートに書かれている口語的ダラダラ言葉と、作品の印象は全く異なっていた。ダンスの切れ、演出・振付が素晴らしい。手話風、ヒップホップ、K ポップまで、語彙が豊富で、自分の物になっている。ミッキーやキティ風の被り物ダンサー3人がゆるく動くだけで面白かった。頭の中に快感則がはっきりある。出演は大森、木村素子、八木橋華月、被り物は池田琴絵、鈴木伽実、柳谷圭郁。物語をベースにした作品を見てみたい。