山崎広太『Ne ANTA』+『感応する身体』+『暗黒計画1』2015-16

標記公演評をアップする。

ARICA+山崎広太『Ne ANTA』(2015年11月5日 シアタートラム)


演劇集団ARICAと舞踏の山崎広太が、ベケット原作『Ne ANTA』を再演した。初演は2013年森下スタジオ。演出の藤田康城は、ベケットのテレビ用脚本(66年BBC)を舞台化するにあたり、大きな改変を施している。一つは、声のみの出演である女性を実際、舞台に登場させたこと。もう一つは、主人公の男が行なう動作(ベッドから窓、扉、戸棚を経て、ベッドに戻る)を、6回繰り返させ(ベッド→窓→冷蔵庫→扉→ベッドに変更)、結果として、クローズアップされた俳優の表情の代わりに、動きで主人公の意識の推移を表したことである。さらに、テレビカメラを俳優に向かって10㎝づつ、9回前進させよ、というベケットの指示に対し、藤田は奥の壁を手前に動かす、逆転の手法を採っている。


山崎演じる中年男は、頭の中で聞こえる様々な声に苛まれる人。ルーティンの動作は、部屋に誰もいないか、誰かが入ってこないか確かめるためである。男は声の主を一人一人「精神的に」絞め殺してきた。今聞こえる女の声(安藤朋子)は、愛について、薄紫の服を着た女の自死について、男を責め立てる。息を吸いながら途切れとぎれに、怨霊のように。後半、安藤が可視化されることにより、孤絶したベケット的空間が、死霊と戯れる祝祭的空間へと変換された。


冒頭、ベッドに座っている山崎。微塵も動かないが、体の内側では、定型から絶えず逃れていることが分かる。意識の集中もなく、無意識でもなく、空間を吸い込んだブラックホールのような体である。さらには、不具の体、麻痺の体、老いの体が出現し、山崎の舞踏に対する現時点での回答を見た気がした。初演時に比べると、動きに洗練が見られるのも、山崎の方向性を示すものだろう。日舞の体を取り入れた「踊らない踊り」、ルーティンの歩行、顔の踊りに、サラリとした涼やかさがある。扉への踊り狂いも、かつては低重心の粘り腰、フランシス・ベーコンを思わせるねじり込みや歪みがあったが、今回はタップのようなカジュアルな上下動を伴って、アメリカン・ポップスへの傾倒を思い出させた。


ニューヨーク在住のため、本人主宰のwwfes 以外で、山崎の踊りに接する機会は少ない。ベケットの言葉が触媒となって、山崎の現在を見ることができた、貴重な公演だった。



演出:藤田康城、テクスト協力:倉石信乃、出演:安藤朋子、山崎広太、照明デザイン:岩品武顕、音響空間デザイン:堤田祐史、衣裳デザイン:安東陽子、舞台監督:川上大二郎、鈴木康郎、制作:須知聡子 助成:芸術文化振興基金  *『ダンスワーク』72(2015冬号)初出

whenever wherever festival 2015
山川冬樹×山崎広太『感応する身体』(2015年12月11日 森下スタジオB)


舞踏の山崎広太が、ホーメイ歌手で現代美術家山川冬樹と共演した。山崎が毎年主催する「whenever wherever festival」の一環である。今年の主題は「不可視の身体」。キュレーターを4人立て、その中の生西康典が企画した。


スタジオにはフェスティバル共通のインスタレーション(木内俊克)が設置されている。長方形の空間に楕円を描く浮遊物。木や透明プラスチックの板、長細い布が、金属の釣り具によって中空に浮く。山川はそこに裸電球付シンバルをぶら下げ、あちこちにマイクやスピーカーを仕込み、スタジオ中央の壁際にスタンドマイクや打楽器、シャベル、笙などの楽器を置いた。山川の出で立ちは上半身裸、スキニーパンツ、腰まで届く長髪、山崎は白の柔らかな長袖シャツにパンツ。


共演は最初から不穏な空気に包まれた。山川の作る薄暗い空間(中央のシンバル照明を地上20㎝程に設置)は、山崎の身体を神秘的に見せていたが、突然山崎は照明盤に突進し、明かりを付ける。少し踊っては消し、急に部屋から出ては戻るなど、空間への苛立ちを隠さない。それでも山川の作る音(ホーメイ、シャベルの打音、シンバルの蹴り、心臓の鼓動、頭蓋骨の打音等を、増幅、フィードバック)に何とか寄り添う気配を示しながら、そこに踊りを介入させようとする。


山崎が体で距離を測ろうとしていたのに対し、山川はあくまでマイペースで音を作る。さらには四つん這い走りや、狼の咆哮まで繰り出して、対話のないまま、出たとこ勝負が続く。山川がガラスの照明をぶん回し、それが山崎の頭に当たった時が、潮の分かれ目だった。山崎は「テメェ、やりやがったなー」と叫んで山川の腹に突撃。「パフォーマーは相手に触れてはいけない、そうじゃないすかっ」と納めて、歩き始めると、山川がその背中にぴったりくっついて歩く。さらに遠吠えする山川の体を、山崎が両手で象って和解した。山川の笙(生音)に山崎がしっとり踊る場面が、唯一、正気のコミュニケーションだった。山川はその後、脚立から天井の梁につかまり、中空の板に乗って揺さぶる。梁を伝って端から端へ。山崎は腰に手を当てて、「注意してください、落ちるかもしれません」。天井ライトの側に小動物のように蹲る山川。山崎の「僕はまだやりたいんですが、(彼が)降りられないので、これで終わりにしていいですか、生西さん」で終わりになった。


山崎は対話のできない相手に、ストレスを感じていただろう。いつものように踊りが深まり、観客と共にどこかへ旅をすることはなかった。一方、山川は喜んでいたのではないか。山崎の喃語付の突っ張り踊り、四方へ広がるクネクネ踊りに、自分の野生や狂気の蓋が開いたのではないか。子どものように喜んで、次から次へと色んなことをやってみて、最後は天井に登ってしまった。


見終わって、即興であっても(だからこそ)、ダンサーがいかに伝統や様式を前提としているか、体を使っていかに高度なコミュニケーションを行なっているかを、改めて思い知らされた。山川のマイペースは美的、山崎の対話を求めての苛立ちは倫理的、その対立は明らかだった(フェス最後のトークで、山崎自身はこれを「モダニズムポストモダン」と称したが)。


今回の“ディスコミュニケーション”を顕現させたのは、山崎の舞踊に対する真摯な姿勢と、懐の深い糊のような身体があったればこそである。誰がこれ程までに「破れた場」を作れるだろうか。



キュレーター:生西康典 出演:山崎広太、山川冬樹 空間デザイン:木内俊克、山川冬樹 音楽:山川冬樹 主催:ボディ・アーツ・ラボラトリー 助成:公共財団法人セゾン文化財団、芸術文化振興基金  *『ダンスワーク』73(2016春号)初出

踊りに行くぜ !! Ⅱ vol.6
山崎広太『暗黒計画1〜足の甲を乾いている光にさらす〜』(2016年3月26日昼 アサヒ・アートスクエア)


山崎広太が日本で日本人ダンサーと共に作った作品を見るのは、久し振りの気がする。ニューヨークを拠点にしてからも、様々なソロ作品、様々な客演作品、セネガル、韓国、アメリカで地元のダンサーに振り付けた作品、日本の体育大生に振り付けた作品を、東京で見ることができたが、自ら選んだ日本人ダンサーとの、デュオ以外の作品は、『Night on the grass』(02年、03年)以来なのではないか。「暗黒」と「舞踏」にフォーカスし、合田成男に捧げられたこの作品は、土方巽へのオマージュだった。


出演は笠井瑞丈、武元賀寿子、西村未奈、山崎広太(プログラム掲載順)。山崎が時折マイクを手に喋り、残る3人がソロ、デュオ、トリオをゆるやかに、且つ激しく踊る形式。山崎は客席の背後で、民謡も歌う。山崎の11回に及ぶ発話は、意味を伝える言葉から始まり、意味を伝えない言葉を挟んで、最後は詩へと昇華した。土方の『病める舞姫』をテクストにしたソロ公演を、長年プロデュースしてきた(wwfes)山崎にとって、言葉は踊りを生む契機であり、踊りそのものでもあるのだろう。


作品は舞踏譜を使いながらも、圧倒的な生成感に満たされていた。その時その場で動きが生み出される。ダンサーが存在の底の底まで見せられるのは(武元の諧謔は別として)、山崎の暖かい気が舞台全体を包容しているからだろう。武元の狂った老女のような、それでいて透徹した眼差しを宿した涼やかな体。笠井の華やかで透明なアウラに包まれた熱い青年の体。笠井と西村の清潔な兄妹デュオは、山崎作品に繰り返される理想の関係である。


山崎自身は袖で思わず体を動かしながら、終盤には、シーアの『Bird set free』と『Alive』をバックに、西村と並列して明暗デュオを踊った。西村にはピンスポット、自らは薄闇で。二人が戦ってきたニューヨーク生活を思わせる、壮絶なデュオである。背後には武元と笠井が亡霊のように佇み、二人の歴史を見守っている。山崎の肉厚の体から迸るエネルギー。阿波踊り(女踊り)のような、タップのような上下動あり。かつての低重心は見当たらない。一方、手足の長い西村は腰高の舞踏。透明無垢の輝きを放って、壊れた人形になる。二人の刻苦勉励、アメリカでの戦いが、並列のデュオだからこそ、胸に迫った。


作品を作るために考える作家が多いなかで、山崎は常日頃考えていることが最終的に作品になる、真正のアーティストである。それゆえ作品には、常に山崎の現在の反映がある。メランコリックな『Night on the grass』から、解放のエネルギーにあふれた『暗黒計画1』までの13年。舞踏を人生の核として生きる山崎の姿は、学生服を内なる日本として抱え持つ、文化服装学院先輩の山本耀司とオーバーラップする。


山崎の言葉(手書きメモからの抜粋)
「資本主義社会の背後に暗黒がある・・・考え事をしているとき、体は暗黒・・・なぜこの人はこう動くんだろう、そこに尊厳を感じる・・・湿気は暗黒の雰囲気・・・土方さんから、オイ青年、と呼ばれた、酔って寝ていたら、いつの間にか土方さんが布団に入っていて、ずっと寝言を喋っている、子どもは闇をむしって喰う、それが暗黒、土方さんも同じようにして暗黒舞踏を作った・・・足が海鞘のように膨れた、足の甲をかわいた光にさらすと、腫れが引いた、金色の物が降りてきて・・・」


振付:山崎広太、出演:笠井瑞丈、武元賀寿子、西村未奈、山崎広太 音楽:菅谷昌弘 衣裳:山崎広太 技術監督:關秀哉 舞台監督:渡辺武彦 照明:伊藤雅一 音響:齋藤学 プロデューサー:佐東範一 プログラム・ディレクター:水野立子 主催:文化庁NPO法人ジャパン・コンテンポラリーダンス・ネットワーク  *『ダンスワーク』74(2016夏号)初出